2005年05月06日

physical awareness : 感性の論理へ

bacon_study3.JPG 人の死は不可視だ。当然の話だが、それゆえテレビ映像が映し出せるのはもっぱら周囲を彩る人間たちのいとなみで、その人の死そのものではありえない。その人の生前の振る舞いをVTRで流しても、たとえ棺桶のなかを映し出しても、死そのものは置き去りにされ、じゅうぶんに語られることもなく、画面は次の映像へと足早に切り替わる。

 カトリックの信者ではなく、これまで彼に対して深い関心を覚えたこともない私にとって、法王ヨハネ・パウロ2世の死はその始めから最後まで、そのようなものとして感じられた。メディアが主として伝えるのはむしろ彼の死を以って進行する政治であり、死者ではなく息づく生者のいとなみであり、
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posted by kushán at 23:57| Comment(4) | TrackBack(1) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月02日

[芸大先端卒展<3>] “Project the Projectors 04-05 横浜”

 次回に続くと書いたまま長いこと放置してしまった。実のところ内心で少し待ったをかけているうちに、書く気そのものが薄れていた。もともと今回は各論は控え目にして総論的な感想、少し具体的な例を挙げればこの先端卒制に例年みられるある種のおこがましさやナイーヴさを軸に書こうと思っていたのだけれど、そも誰がそんなものを読みたいのかと想定するときに、巷の美術館で行われる展覧会について何かを書くようには、やはり書く気にはなれそうにない。自分が半ば当事者になってしまったせいもあるのだろうが、内輪でやれば良い話は、やはり内輪でしていれば良い、と今は思う。

 というわけで、手短に各論を続行して終わる。とりわけ目についた作品についてはすでにあらかた取り上げてしまったが、他に幾つか挙げるなら、まず藤田龍平の床面のインスタレーションが思い起こされる。
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posted by kushán at 09:46| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月01日

[芸大卒展<1>]“第53回東京藝術大学卒業・修了作品展 ” 東京都美術館・東京藝術大学構内

geidai05.jpg 毎年この時期は予定が空きがちなのにも関わらず、実際には時間がなくなる。今回もやはりそうなって、予定した時間の1/3ほどしか卒展・修了展に割けなかった。それでも一応は全会場を観て周るものだから、一つの作品にかけた鑑賞時間は平均で10秒ほどだったろう。
 従って以下の発言は、あらかじめ多くの見落としと偏見による即断に基づいていることを前提としてお読みいただきたい。何しろ出展者総数は約400に及ぶ、国際展も顔負けの大展覧会を二時間で隈なく駆け抜けたのだから。

 まず全体の印象を科ごとに述べる。今年は油画・工芸の
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posted by kushán at 09:01| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月10日

[芸大先端卒展<2>] “Project the Projectors 04-05 横浜”

 平成十六年度東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業制作展
 に行ってきた。広東語とかではない。
[前回記事<1>]の続きです↓
 すでにだいぶ時間が経ってしまったが、誰かしらに書かれることが誰かしらにとっては意味を持ちうるかもしれないとの無闇な憶測から、書くべきポイントを絞って簡略にまとめておく。(昨年度・一昨年度の「先端卒展」についてはこちらをご覧下さい)
 まず概括的な感想を言えば、今回の「先端卒展」はやたらに派手だった。理知的にコンセプトの嵌った作品が多く、質実で味わいのある作品が少ない。仕上げの完成度が異様に高い作品が目立ち、素朴だが迫力のある作品があまりない。なるほど芸大美術学部の新学科として
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posted by kushán at 08:58| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月02日

“マルセル・デュシャンと20世紀美術”展 横浜美術館

Duchamp.jpg “芸術が裸になった、その後で”と副題の付くこの展示は、「20世紀はじめの美術に大きな転機をもたらしたマルセル・デュシャン(1887−1968)の主要な作品75点と、デュシャンと向き合った世紀後半から現代までの芸術家34人による作品78点を対置し、美術とは何かを考える企画」(美術館HPより)との由。

 この“対置”という方針が今回の展示ではポイントになっていて、結論からいえばこの発想はやや不完全燃焼に陥っていたように見える。たとえばデュシャンの良く知られた代表作<彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも>(通称≪大ガラス≫右下画像)の置かれた展示室では、この≪大ガラス≫に触発されて、あるいはオマージュとして制作された他の美術作家による作品が
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posted by kushán at 23:51| 石川 🌀| Comment(6) | TrackBack(11) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月28日

東京藝術大学美術学部 先端芸術表現科 卒業制作展 横浜 <1>

 2日前のコメント欄でrinopoさんに応えてきのう書くと宣言したのに、色々と立て込んで書けそうにありません。
 が、もしやここの記事を行く行かない等の判断材料として期待してる人がいてはいけないと思い、鑑賞の手引き的なものを少しまとめておきます。このトピック自体は数日後にレビューとして書き直します。

企画HPは↓
http://projecttheprojectors04-05.jp/

 展覧会はStudioNYKとBankArt1929の2会場で構成されています。全体的には「場所負け」している観が強く、
続きを読む [文量:小]
posted by kushán at 09:43| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月19日

“ザオ・ウーキー展” ブリジストン美術館

zao1 ザオ・ウーキー(Zao Wou-Ki, 趙無極)は1921年北京に生まれ1948年に渡仏、その後現在に至るまで主にフランスにおいて活動を続ける現代画家。今回の展覧会は、日本で初の回顧展とのふれ込み通り彼の創作活動の全体像を見渡せるもので、作品の展示順序は概ね時系列を成し、作風の変化に合わせて展示室を替えてゆく構成がとられていた。

 初期のものとしては1950年代前半、渡仏後2,3年のうちに描いた作品群に展示の主眼が置かれている。「この頃パウル・クレーを知り、深く影響を受けた」といった掲示の解説が白々しく感じられるほどに
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posted by kushán at 08:06| Comment(53) | TrackBack(5) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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