2005年03月01日

[芸大卒展<1>]“第53回東京藝術大学卒業・修了作品展 ” 東京都美術館・東京藝術大学構内

geidai05.jpg 毎年この時期は予定が空きがちなのにも関わらず、実際には時間がなくなる。今回もやはりそうなって、予定した時間の1/3ほどしか卒展・修了展に割けなかった。それでも一応は全会場を観て周るものだから、一つの作品にかけた鑑賞時間は平均で10秒ほどだったろう。
 従って以下の発言は、あらかじめ多くの見落としと偏見による即断に基づいていることを前提としてお読みいただきたい。何しろ出展者総数は約400に及ぶ、国際展も顔負けの大展覧会を二時間で隈なく駆け抜けたのだから。

 まず全体の印象を科ごとに述べる。今年は油画・工芸の
元気が良く、彫刻・デザイン・日本画はどちらかといえば低調に映った。建築・文化財保存は例年通りの安定ぶり。だが文化財保存は去年が良かった分、落ち着いて見えた。 ・・・・・・などという物言いはほとほと不遜というか、ほとんどの人にとって何ら意味を持ちえないことは承知のうえで述べている。それでも総論的でかつ極私的な意見というものがあってはいけないという法はない。むしろ各論に終始した物言いなど、一大展示を観る楽しみからすれば、明らかにウソである、という直感に対しては率直でありたいとぞ考える。として以下続ける。

 また学部と大学院との差異において際立っていたのは、油画修士・博士の健闘ぶりであった。油画の展示を集団として観た場合、学部の“卒展”の方が総体として面白いことが多いのが個人的には常なのだけれど(理由は[こちら]を参照のこと。無論だが、学部の方が例年優れていると言いたいわけでは全くない)、今年に関して言えばこの点は逆転したとは言わないまでも、両者の差があまり感じられないほどに些細なものとなっていた。
 念のため再度言っておくが、すべての総論を各論に落とすことで無効化する視座を私はとらない。

 (いつになく断り書きが執拗だと映る人もあるだろうが、ああ言えばこう言えるとか、結局はすべて相対的でお互い様なのだから云々という論理に持ち込んでおいて、要は集団内で角をもたげる人間を暗黙のうちに責め立てあらかじめ排除しようとする風潮が、芸大の学内には教官・学生を問わず否み難くあり、以前はずいぶん悩んだが、結果としてみれば悩むだけ無駄だった。ロマンチスト気取りの皮を剥げば大抵は生半可なリアリストの甘ったれた顔が覗く。そういう向きにいまさら用のあるはずもなく、足蹴にすればした分だけ狭くなるのは我が身である。よって続ける。)

 こうした現象が起きたのには大別すると二つの要因があって、うち一つは去年までとは異なって博士の展示が混ざったこと、そして“まだ芸大なんかで学生してたのか”というほどの十分な力量を蓄えたアーティストが、この学年には偶然にも多く集まっていたことがもう一つ。

 博士の曽谷朝絵が並べた絵画作品や、同じく博士の小瀬村真美による映像作品はそのいずれもが公立美術館の常設展に並んでいても遜色のない水準を示していたし、博士の水野圭介によるコンセプチュアルへの、修士の田中功起による遊びのような場の読み替え行為への揺るぎない徹底した執着ぶりは、20代後半とは思えない老練さをも伴って、一見素朴だがその実完成度の極めて高い作品へと帰結しえている。
 (曽谷・小瀬村・田中の三者については、すでによく知られた作家なのでここでは詳述しない。水野については以前に書いた。[季節の棲み処]を参照のこと)

 だが油画修了組の健闘はこれのみに留まらない。修士では、岡田和枝の平面とも立体とも言い得ない、グリッドの施された平面からむくむくと何者かが生起してくるかのように膨らみ上がる作品の面白さには、外観の簡素さがもたらす静的な感覚の内側に潜む不気味さを、その場に留まれば留まるほどに感じさせる妙がある。

 岩永忠輔の暴発的なインスタレーションは学部時代の卒展などを遙かに上回る強度を感じたし、伊藤明日香の絵画作品をベースとする一連のインスタレーションは、まだ試行の段階であることを匂わせつつも、元々の絵画表現のもつ精度がインスタとしての不足分を補って余りある魅力を発揮して見えた。

 田口和奈の超実的に精巧な平面作品は今後の展開が本当に楽しみだ。田口は現時点では、ハイパーリアリスティックな絵画面を写真に撮ることで、観者の視線を鏡像的な世界に迷い込ませることに力点が置かれているが、予感的にはこうした仕掛けをそう遠くない未来に超え出てしまうように思える。
 (ただ岩永・田口は、一概には言えないものの、総体的には一月の内覧会の方が良かった部分が多い。)

 また博士では他に金兌赫の作品も目を惹いた。“Imperfection in Space”と題された一連のシリーズは、表面に文字通りの破れのある平面作品や、やっこ舟状の折り紙の形状を残した形でおがくずをまき散らしたインスタレーションなどにより構成されていたのだが、そのいずれもに感じる思わせぶりな仕草がなぜか嫌みには映らない、不思議な柔らかさを備えていた。


 案の定、というべきか、何も書けないうちに想定外の時間を使ってしまった。
 この項、【次回記事[芸大卒展<2>]】へ続く。ことにする。さて朝ご飯。
  

“第53回東京藝術大学卒業・修了作品展 ” 東京都美術館東京藝術大学東京藝術大学大学美術館・東京藝術大学陳列館 2005年2月22日-26日
posted by kushán at 09:01| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。TBありがとうございます。
私のアホみたいなエントリに、こんなすごいところからTBしていただいて恐縮しております(^^;
私ももっと見る目とそして文章力、養っていきたいところです。
なんにしても、芸大卒展楽しかったです。すごく刺激になりました。
Posted by petite-tomo at 2005年03月03日 01:44
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卒展に行った。
Excerpt: 久々に学校へ行くと、ちょうどいい具合に卒展(東京藝術大学卒業修了作品展)が始まっていて、門付近になまずの彫刻があったり、金髪の女子高生がいたり、タイムマシンがあったり、狭い大学が人ひとヒト(それと作品..
Weblog: 萬華鏡blog
Tracked: 2005-03-06 19:38
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