2005年01月15日

“In This World”(イン・ディス・ワールド, UK'02) VHS

inthisworld かつてチベット人の難民キャンプを訪れたことがある。インド・パキスタンの紛争地帯カシミールのラダック地方、インダス川の源流域にそれはあった。私がそのキャンプを訪れる機縁となったのは、その近郊のある町に近々ダライ・ラマの行幸があるという話をコルカタで耳にしたからで、コルカタからガンジスを遡る寝台列車でデリーへ向かい、数泊を要する長距離バスでヒマラヤに分け入ってようやくその町に辿り着いたのにも関わらず、結果的にはダライ・ラマの法話会には赴かず、当地で知り合った若い文化人類学の研究者の招きでそのキャンプを訪れた。

 映画“イン・ディス・ワールド”の主人公がその起点とするのはパシュトゥン人の難民キャンプで、大局的にはインダスを底辺とする谷間の反対側にあるとはいえ私が訪れたキャンプとは殆ど何の関係も無いのだけれど、この作品を観始めてしばらくのあいだ私の頭を終始離れなかったのはこのカシミールでの体験の記憶であり、展開されるストーリーに引き込まれ出したのは、作品の中盤で主人公がクルド人の集落の世話になり、イラン-トルコ国境を越えていくシーンからだった。

 主人公のJamalとEnayatは陸路でロンドンを目指すのだけれど、母国のパスポートという“社会的身体”を持たない彼らはまさに人格を欠いたモノとして、トラックの荷台やフェリーの格納庫や列車のコンテナに積み込まれていくつもの国境を越えてゆくことになる。人間であることが環境的に前提とされないその道のりは過酷という他ないが、考えてみればこのルートはかつてヒッピームーヴメントのさなか西側の若者たちが西から東へと、ちょっとした冒険心を発揮して易々と越えて行った道程と重なるし、さらに時代を遡るならアナトリア半島に至るまでのそれは中央アジアの人々がメッカ巡礼を試みた道とも軌を一にする。
 そのように思い至ったとき、昔バングラデシュのダッカに滞在していた折に幾度か話し込んだことのある老人が、自分の若い頃はみな陸路でメッカを目指していた、パスポートなんて必要なかった、と語っていたのを思い出した。東から西へのその道のりは制度的にはすでに閉ざされ、西から東へ行くことも国際情勢がそれを困難なものとして久しいが、事実としてこのような形で命の危険を冒してでもこの道程を行かざるをえない人々がいることや、そしてもしかしたらそのうちの幾人かは直接話したことがある人なのかもしれないということのやるせなさをどう受けとめるべきだろうかと考える。

inthisworld2 監督のマイケル・ウィンターボトムがこの作品で、たとえばデジタルビデオをそのメディアとして選び、事前に完成された脚本を用意しない演出法等によりスピード感のある映像を撮ることで獲得している稀有な達成点の一つには、それが作り物であることを忘れさせるほどのリアルな映像感覚を作品に付与しえていることが挙げられて良いだろう。彼の監督作品の十八番とも言える、移動する対象に併せて一定速度を以って水平にスパンし続けるカメラに扇情的な音楽が乗り出すシーンでは、かつて自身がそこにいたのではないかと疑いたくなるほどの既視感と共に身体が揺さぶられるような感覚を味わった。映画作品に自身の経験をなぞらえて語るなど論評としてはいかにも稚拙なものかもしれないが、この作品を前にして客観的に何かを書く気にはどうにもなれない。


注:打ち途中ですが試しに上げてみます。


“In This World” Michael Winterbottom (dr) / UK / 2002
posted by kushán at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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